ジーンズ 世界大恐慌とデュードランチ





今回はアメリカでの
ジーンズの売れ行きのお話をしましょう

作業着として生まれ
実用性抜群のワークウェアだったジーンズも
今までずっと順調に売れ続けたわけではありませんでした

前回までのお話とかぶる内容もありますが
復習と思って読んでいただければと思います

1848年に金が発見され
ゴールドラッシュと言われる現象が起こり
ジーンズはフォーティーナイナーと言われる鉱山堀り達に使われ
よく売れました

ですがゴールドラッシュは永遠には続きません
ですがゴールドラッシュが終わっても
ジーンズは終わりませんでした

未開拓のアメリカ西部を開拓する流れが強まり
「GO WEST!」と騒がれ
西部開拓が本格化しました

この西部開拓のことを「フロンティア」と言います
西部そのものをフロンティアと言ったりもしますが
このフロンティアに生きた人々が
ジーンズを使ったのでした

カウボーイや農民達がその代表です

1862年にホームステッド法という法律ができました
未開拓の土地に定住したものは無償でその土地を与えられるというもので
希望や夢に溢れた時代でした

1869年に最初の大陸横断鉄道が敷かれ
西部への入植が本格化しました

そのおかげで
農業地帯や牧場が広がったのです
特に牧畜業は東部の市場とも結びつきが強く大いに広がりました
キャルトキングダム(牛の王国)と言われ
この時がカウボーイの全盛期だったとも言われます

ジーンズはそんなカウボーイの必需品であったのでした

ですがゴールドラッシュ同様
キャルトキングダムもいつまでも続きません

1900年ごろには工業化が進み
アメリカは世界一の工業大国になりました

人里離れた西部の開拓地は工業地帯に適さず
人口は都市に集中するようになります




そうしてフロンティアブームは去っていき
小規模な牧場は潰れ
馬に乗れるカウボーイの数もかなり減ったそうです

ジーンズを履くカウボーイが減ると
ジーンズの売れる数が減るのが普通ですが
面白いことに
不思議とジーンズの売れ行きは減少しませんでした

颯爽と馬に跨がるカウボーイは
仮面ライダーやウルトラマンのようなヒーロー的イメージもあったのでしょう
カウボーイに憧れるアメリカ人がジーンズを履くようになったのです

フロンティアブームは薄れ
カウボーイの数は減少
工業大国へと進化はしたのですが
そういう効率的な最新のシステマティックな仕事が普及するほどに
かつてのフロンティアブームを懐かしみ
居なくなったカウボーイのジーンズに思いをはせていたのかもしれません

ジーンズがフェッションとして確立するのは
まだ先なのでが
このときがジーンズをファッションとして捉えはじめた歴史の最初のきっかけだったのではないでしょうか

そして
1920年代はジーンズの暗黒時代と言われています
あの「華麗なる「ギャッツビー」の時代です
景気が良く
都市の人口が農村を上回り
都市化が進みました

「禁酒法」ができて
街にはギャングが横行し
ジャズが流行り
T型フォードに代表するカーブームが起きて
車がステータスシンボルの時代でした

とにかく華やかな時代で
ビシッとしたスーツスタイルが流行し
ジーンズ姿は街中から姿を消しました

ジーンズが
ファッションになりかけていたのですが
本来の「ただの作業着」に戻ってしまったのでした

景気が良いのにジーンズが伸び悩んだ時期でした

その後
1929年
いつまでも景気が上がることはなく
株価が大暴落をはじめに
急激な不景気へとなってしまいます

当然ジーンズも大きな影響を受けました

貧しい人が増えるので
実用性抜群のジーンズが売れたと思うかもしれませんが

それどころでもありませんでした
多くの人は、そのジーンズを買う余裕も無く

リーバイスなどのジーンズ会社は返品が殺到し
会社の中は返品されたジーンズの山になっていたと言われています

デパートなどでも原価を割ってまで
ジーンズを処分していたようです




そんな中
ジーンズ人気を起こした出来事がありました

「デュード・ランチ」というもので
簡単にいうと「牧場観光」のことです

不景気の波には都市だけではなく
とうぜん西部のほうにも波及しており
牧場の経営にも大きな影響がありました
そこでなんとかしようと牧場経営のために考えたものが
「デュード・ランチ」で
東部のお金持ちを対象に商売をしたのでした

どんなに不況でも暇なお金持ちはいるもので
デュード・ランチでは
そんなお金持ちを
カウボーイの格好にさせて
馬に乗る体験をさせ
食事もカウボーイと同じものを出しました

今風に言うと
「コスプレ」である




カウボーイはアメリカの伝統でもありますし
懐かしのフロンティアブームの雰囲気を感じたり
薄れつつあった文化を体験できる遊びとして流行しました

つまり
金持ちの
カウボーイの
コスプレが
流行ったのです!!!

もちろんジーンズを履きますので

ジーンズの売り上げも上がったのでした

本来のワークウエアとしての用途とは違いますが
ジーンズの用途が多用途化した歴史の一つとして、とても面白い出来事ではないでしょうか?

その後
第二次世界大戦がはじまると
ジーンズは軍事用の作業着になり
戦争関係者しか買えないものになってしまいます

戦争が終わり
ファッション化が進むのは
以前のお話で説明しましたが

このようにジーンズの歴史を知ると
さらにジーンズを楽しんで履いていただけるのではないでしょうか



リーバイス「XX」の意味





リーバイス501XXと言いますが
「XX」の意味をしっているでしょうか?

読み方は
「ダブルエックス」と読みます
古着好きの方で「ペケペケ」と言われたりもします

「XX」の意味を
前回のお話で、生地業界の業界用語、と簡単に説明しました

レストランの星の数みたいなもので
一つ星、二つ星、三つ星、と星の数が増えるほどランクが高いことを意味しているのと同じで
「X」の数が多いほど良いとされています

Xの数でランク分けをするのは
元々、ウール業界の風習でした
X、XX、XXX とXの数が増えるほどに
細い繊維を使った、しなやかでツヤのある高級ウール地になっていくことを意味しました

カウボーイハットでも「X」が使われていて
カウボーイハットではX~10Xまであって
Xファクター、Xレイティングと言われる階級付けがされていました
カウボーイハットは基本的にフェルト地で
ビーバーの毛皮が高級品とされ
10Xのカウボーイハットとなれば、上質なビーバー100%で仕上げられ
綺麗な光沢があり、軽くしなやかで、形崩れしにくいものでした
銃弾で穴が空いてしまっても、手で揉み込めば元通りになると言われていました
値段も当時の10ドル程度(10万円程度)の超高級品でした

そんな「X」をデニムに使い品質の高さをアピールしたのでした




当時は
「裂けたら新品に交換する」
という保証を真剣にやっていたので
リーバイスもよっぽど真剣に丈夫なことをアピールしたかったのでしょうし
丈夫で高品質であることにこだわりがあったのでしょう



ベンデイビスの歴史





過去の記事でお話しまくったリーバイスは
何度も紹介した通り
サンフランシスコのワークウエアの会社ですが
もう一つサンフランシスコのワークウエアの会社として
超有名な
「ベンデイビス」「BEN DAVIS」があります
ゴリラのロゴが印象的なブランドです

ここまで私のブログを読んでいる方なら
ご存知の方も多いかもしれませんが
ベンデイビスというブランドは
リベットで補強したズボンを発明した
ヤコブ・デイビスの息子がつくったものなのです

何度もお話ししているように
ヤコブ・デイビスは生産監督(工場長)として
リーバイス社で働くことになりますが
73歳で引退することになります
その後を継いだのが息子の
「サイモン・デイビス」です

サイモン・デイビスも父親に負けず
とても仕事のできる人でした
ですが頑固な性格でもあり
上司と衝突することが多かったのです




そして1922年には
上司との衝突が原因でリーバイス社を辞めることにまでなってしまいました

その後
1932年にベンデイビスを立ち上げました

ベンデイビスという名称は
サイモン・デイビスの息子の名前です

もちろん
経営者としてサイモンの次は
ベンが継いでいますし
ベンの次はベンの息子の
「フランク・デイビス」が経営者となっています

リーバイ・ストラウス と ヤコブ・デイビス
がジーンズを世に送り出し

リーバイ・ストラウスの子孫のリーバイス
ヤコブ・デイビスの子孫のベンデイビス

それぞれのDNAがそれぞれのブランドとして
こういう形で別々で残っているのはとても面白いと思います

ベンデイビスの洋服は今ではストリートファッションの人気商品ですし
あのゴリラのマークは
エクストララージのゴリラマークの元になったとも言われています

サイモン・デイビスさんが頑固で上司と喧嘩してくれてよかったですね笑



西部と東部 ジーンズの違いとリーバイスのジッパーフライ





よくアメリカ西部とか東部だとか
広いアメリカをそんな分け方で呼んだりします

語弊を恐れず大雑把に言うと
西部=田舎
東部=都会
という感じになります

過去の記事で詳しくお話した通り
リーバイスは西部(サンフランシスコ)発の会社です
ゴールドラッシュの波に乗って
多くのワーカー達にリーバイスのジーンズを愛用してもらいました

当然ですが
田舎である西部のほうが力仕事をする人の数も多く
ジーンズを必要とする人も多かった訳です

対して
都会的な東部ではなかなかリーバイスのジーンズは受け入れられませでした
戦後にはジーンズがファッションとしても受け入れられるようになります
その頃にリーバイスも本格的に東部の人にジーンズを売り込みたいと思っていました

ですが
なかなか上手くいきませんでした

理由はいくつかありますが
主に
リーバイスの主力商品の501は
ボタンフライであったこと
シュリンクトゥフィットを売りにしていたこと
が挙げられます

西部の労働者からは絶大な支持があったのですが
ボタンが面倒、生地が縮む、という扱いづらいものとして認知されてしまったのでした




そんな中
LEE(リー)は東部の人たちに早くから受け入れられており人気がありました

以前のお話で紹介した通り
リーはジッパーフライと防縮加工デニムを
どこよりも早く取り入れたジーンズを発売していました

都会的でスタイリッシュな考えの東部の人達にも受け入れやすかったのです

そんな状況でリーバイスが東部攻略のために出した商品が
1954年に発売した「501ZXX」です
これは今までの「501XX」のボタンフライをジッパーフライにしただけのものでした
ですがこの501ZXXには問題があり
501XX同様、生地には防縮加工がされていないため
洗うとジッパーの噛み合わせが悪くなってしまうようなものでした

当然東部攻略の武器にはなりませんでしたが
なんと10年間も501ZXXの生産は続けられました

リーバイスはジーンズを売り出した最初からずっといままで
「シュリンクトゥフィット」を売りにしています
シュリンクトゥフィットこそリーバイスの象徴でありプライドとも言えるかもしれません

リーやラングラーはいち早く防縮加工やブロークンデニムという
最先端技術を取り入れてるにもかかわらず
シュリンクトゥフィットに拘り続けたのでした

ですが結局は1961年に
防縮加工デニムを使ったジッパーフライの
「551ZXX」を発売されることになりました
シルエットも501より細めになり

東部の人にも受け入れられることになりました

ですがジッパーフライの551ZXXが発売された以降も
リーバイスの一番人気、看板商品は
シュリンクトゥフィットの「501」なのです

シュリンクトゥフィットの利点は
洗って縮ませて自分の体に合わせることで
その人だけの唯一無二のジーンズにすることができる
という事です

その魅力が今だに語り継がれ
用途は違えど、多くのマニアが防縮加工のされていないデニム生地を好むのは
リーバイスがシュリンクトゥフィットに拘り続けたからなのかもしれません



517ブーツカットジーンズはカウボーイに愛用されていない





前回ベルボトムジーンズのお話をしましたが
今回はブーツカットのお話です

ベルボトムはファッション目的で生まれたとお話しました
それは私が言わなくたって多くの方がなんとなく分かっていたと思いますが

ブーツカットはどうでしょうか

ブーツカットといえば
リーバイス「517」
を思い出すのではないでしょうか

リーバイスのジーンズで最も有名な品番を3つ挙げるなら
「501」「505」「517」
ではないでしょうか

その中でブーツカットシルエットである517は
「一番クセのある」と感じる人も多いでしょう

517は1971年に発売されました

517というブーツカットジーンズは
684や646のように極端な裾広がりではなく
ストレートジーンズの裾口を若干広げた程度で

ウエスタンブーツを履くカウボーイのために作られて
カウボーイやロデオ選手から絶大な指示を受けていた
「実用的なワークパンツ」
と思っている方も多いのではないでしょうか

イメージとしては間違っていないのかもしれませんが
若干誤解が入っています




ジーンズの歴史の中で
517の発売された1971年というのは比較的新しく
当然それ以前の方がカウボーイという職業は活発だったし
ジーンズは501のようなストレートシルエットでした

それまでリアルなカウボーイ達がどのようにジーンズを履いていたか説明しましょう
大半のカウボーイ達は
裾口をロールアップ(折り返して)させて、短めの丈で履いていました
そのほうが拍車の扱いもし易かったり、足さばきが良かったのです

←拍車

他にはウエスタンブーツにジーンズの裾を入れる
いわゆる「ブーツイン」させて履いていました

つまり何が言いたいかと言うと
くるぶしまわりにズボンがあると邪魔で支障が出るのです

競馬を見てもズボンをブーツインさせている人がほとんどのはずです

ではなぜブーツアウトさせることを前提としたようなシルエットのジーンズができたのでしょうか

ウエスタンブーツにストレートシルエットのジーンズを合わせると
ブーツの甲の高さが邪魔してジーンズの裾口がすっきり下まで下りてくれず
生地がダボつくことがあります
ですが517のようなシルエットだと、そういう問題は解消され
しっかりと裾口が下まで下りてくれてスマートで美しい足元が演出できます

ですが先ほど説明した通り
リアルなカウボーイはロールアップやブーツインさせて履いており
足の下の方までジーンズを下ろして履くことは無いですし
とてもカウボーイにとって必要だとは考えにくいでしょう




ですがカウボーイの服装が
ファッションとして流行するようになり
馬に乗らないカウボーイが増えたのです

つまりオシャレとして
カウボーイの格好をするようになったのです

馬に乗らないのでジーンズをロールアップさせて短め丈で履く必要性は無いですし
ファッションなので合理性よりも格好良さです

中途半端にブーツインなんてすると足が短く見えますし
ブーツカットは足を長く見せる効果もありますし
ブーツに合わせると裾周りもエレガントで収まりが良いです

517のフラッシャーには
「サドルマン・ブーツ・ジーンズ」
と印刷されています

カウボーイを意識して作られたのは間違いありませんが
それは
「馬に乗らないカウボーイ」
カウボーイルックのオシャレさんです

もちろんあたらしいデザインでカッコ良いものなので
リアルなカウボーイにも使われたとは思いますが

間違いなく大半は「馬に乗らないカウボーイ」に向けてのジーンズになったのです



646ベルボトムのジーンズとヒッピーの歴史





戦後のファッションのなかで
ブーツカットやベルボトムジーンズは印象の強いものではないでしょうか

日本では「ラッパズボン」なんていう言い方もありますよね

70年代に流行したヒッピーブームの記憶がある人もいてると思います

ヒッピーと言われる若者が
フレアシルエットのジーンズを履き
タイダイ染めTシャツのような派手な服を着て
中には派手な刺繍やワッペンなどの装飾をする
長髪で ヒゲを生やしている

今見ると「ヤベー奴」だが
当時もそう思っていた人は少なくなかったでしょう

今回はヒッピーやベルボトムのお話をしていきましょう




まず裾広がりのフレアシルエットのズボンはフランスから流行したとされています

1960年代後半にフランスの若者の間でフレアシルエットのズボンが流行りました
これは海軍水兵の制服「セーラーパンツ」の影響でした
1969年にはパリのデザイナーである、イヴ・サンローランが
「シティ・パンツ」というズボンを発表してました
それは股上が浅く、腰回りはフィットしていて、大きく裾に向かって広がるベルボトムシルエットで
かなり先進的な形でした
その形のズボンは世界中に広まります

リーバイスは
ベルボトムジーンズ「646」を1969年に発売しました
さらに裾が大きく広がった「684」通称「ビッグベル」もあります


ちなみに
ブーツカットジーンズ「517」を発売したのは1971年

日本でも
ビッグジョンが1969年にベルボトムジーンズを
ボブソンも1971年にベルボトムジーンズを発売しました

こうして発売されたベルボトムの
501との1番の違いとして個人的に思うのは
明らかに「ファッション目的で作られた」ということです
デザインやイメージを含めて、作業着として生まれた501とはまるで違うと言えます

ジーンズが作業着とするなら
機能性をどう考えてもベルボトムのような極端に大きな裾の広がりは不要です
これまでのジーンズのイメージとは真逆に方向転換した
画期的なジーンズと言えると思います

ジーンズは作業着ではなくオシャレ着だ!!!
ということをはっきりと主張した時代の変化をも感じることができると思います

こんなベルボトムは
「ヒッピー」のファッションアイテムとしても大流行しました

まずヒッピーとは何なのか簡単に説明しましょう

戦後、アメリカでも段々と平和になったというのはなんとなくわかると思うのですが
それと同時に現代のような「大量生産・大量消費」の社会へと変わっていく時期でもありました
多くの事が効率化され豊かになる一方で
「人間が人間らしさを失っていく」と感じる風潮もありました
そこで
「ビートジェネレーション」や「ビートニック」と言われる
作家や詩人を中心とした集団ができ
自分らしく、人間らしく生きる、ということを強く主張し、活動していました
それが1950年代のお話です




ビートジェネレーションの一人、アレン・ギンズバーグの詩の中で
ビート・ジェネレーションを指す時の肯定的な表現として「ヒップスター」ということばがあり
それが「ヒッピー」の語源です

ヒップスターの意思を継ぐ後継者
ヒップスターの次の世代
というような意味で
1960年代、ヒッピーという言葉が生まれました

ですがなんとなく学問的なイメージのビートジェネレーションとは異なり
ヒッピーは
奇抜なファッションで、大麻や覚醒剤などのドラッグを使っているような
「アウトロー」なイメージがあります

ヒッピーの思想で「自由」「平等」「博愛」ということが挙げられます
よく言う「ラブ&ピース」とはここからです

変化する時代に戸惑い
愛や自由を感じにくくなった時代でもあったのでしょう

見た目にも奇抜なヒッピーは
一部からは差別的な対象になっていました

有名な映画で「イージーライダー」
があります
ヒッピーが自由を求め旅をする話です
最後はすれ違った保守的なアメリカ人に銃殺されてしまいます

良くも悪くも目立つ存在であったのは間違いなく
日本のファッションにも絶大な影響を与えました

日本でもヒッピーファッションをした若者を
70年代によく見たことがあるのではないでしょうか!?


戦争がジーンズを世界中に拡散させた





第二次世界大戦でジーンズは世界中に広まることになります

それまではほぼアメリカでのみ使われていた作業着なのですが

以前の記事でお話した通り
戦争中ジーンズは軍事用作業着として採用されていたし
戦場に出る兵士がジーンズを着用することも多かった

ジーンズの履いた兵士と戦う各国の兵士だったり
アメリカに捕まえられ捕虜にされた人たちなど
アメリカ人の履く丈夫なジーンズを見て
凄い良いズボンだと思ったようです

戦争で世界中にジーンズの存在が広まり
使われるようになります

もちろん我らが日本でも同じで
アメリカの中古ジーンズが輸入されることからはじまり
今では世界ナンバーワンクオリティのジーンズを作れる国となっています



ジーンズのファッション化





ジーンズが今のようにカジュアルファッションになったのは
歴史の中ではごく最近と言えると思います

それは第二次世界大戦が終わり
アメリカも平和な雰囲気が戻ってきたことからはじまります

もともと作業着であるジーンズですが
戦前からも労働者ではない一部の人に使われることはありました
例えば演劇の勉強をする大学生が
稽古で激しく動いても長持ちするズボンとして使ったりしていました
その中には少なからず女性でジーンズを履いていた人もいました
ですがそういうことも超少数派で
堂々と人前で履くものではなかったのです

それが今のようにファッションになった
1番の理由に
「映画のスター俳優がジーンズを履いていた」
ということを挙げることができるでしょう

中でも有名なのが
1953年 マーロン・ブラント主演「ザ・ワイルド・ワン」
1955年 ジェームズ・ディーン主演「理由なき反抗」
があります

ファンからすると語弊があるかもしれませんが
簡単に言うと「ヤンキー(不良)映画」で
かっこいい主人公がジーンズを履いているのです

ジーンズはカウボーイや激しい力仕事をする
悪い言い方をすると「アウトロー」な人が履いているズボンというイメージがあり
不良との相性が抜群だったのでしょう

男なら誰しも「悪に憧れる」という経験はあるのではないでしょうか




一気に平和が解放されたアメリカで、それが大ヒットし
マーロンブラントやジェームズディーンの真似をする若者が急増しました

不良映画をきっかけにカジュアル化したので
もりろん不良の中では絶大な人気で
ジーンズ=不良
のイメージができてしまったくらいです

そのため学校では
校則でジーンズを禁止したり
親が子供にジーンズを履かせないようにしたりと
ある意味偏見のあるものとして認識されていました

ですがその後も
多くの俳優はもちろん
ミュージシャンやロックスター
数々の偉人にジーンズは履かれることになります

それは、衣裳としてはもちろん
スターのプライベートでも愛用されるにまで愛される存在へとなっていきました

やがて時と共にジーンズはカジュアルウェアの代表となるのでした



ラングラーの歴史②





前回ラングラーのお話しをしました
会社の成長のお話しから
11MWの誕生のお話しまでしました

今回はその続き
ラングラーには他にも面白いものがあるのです
そんなお話しをしましょう

ラングラーが11MWを発売した次に
「11MJ」
というウエスタンジャケットを発売しました
「11MJ」という名称は
「11ozデニムのメンズジャケット」の略称です

11MWがかなり異端なデザインだというお話しは前回しましたが
この11MJもかなり今までにないデザインのものだったのです

まず
袖のカフスと胸ポケットのボタンに
「ドットボタン」(スナップボタン)が採用されました
フロントのボタンはリーバイスやリー同様、ボタンホールが空いていて、打ち抜き式のボタンで作られていましたが
袖や胸ポケットにポタンの付け外しが容易なドットボタンを使い分けたのは使い易さを追求したからでしょう




そして背中には両横に2つストラップが付けられいて
リーバイスやリーよりもさらに
ウエスト周りのシルエットを好みの形に調整できたのです

前身頃にはリーバイスのようにプリーツが入っており
プリーツを止めるのに、単純なステッチではなく
縫糸で円形に纏って、リベットを打っているような見た目と効果を作りました

そして一番特殊だと思わせくれる箇所が
両肩部分に「アクションプリーツ」が採用されたのです
バイクのライダースジャケットなどによくある仕掛けなのですが
肩と腕の付け根辺りにブリーツを作ることで
腕が動かしやすくなるのです
しかもただプリーツをつけるだけではなく
裏側にゴムをつけることで
プリーツが開きっぱなしにならないように工夫されていました
これにより
フィットした着方でも動きやすく、美しい見た目もたもつことが出来たのです

このように11MJはリーバイスやリーがやっていないような仕様のジャケットをつくりました
ボタンの使い分けもアクションプリーツも
生産でかなりの手間になります

そもそもワークウエアなのですが
ワークウエアとは大量生産の作業着で
そんなに手間をかけて作るものでもありません
ラングラーのジャケットはワークウエアの中ではこれでもかというくらいに手間をかけていたのでした




1948年
「ロデオ・ベン」という
ウエスタンウェアの有名なデザイナーがデザインしたジーンズ
「13MWZ」(13ozデニム、メンズウエスタン、ジッパー使用、の略称)
が発表されます

11MWを踏襲したモデルでした

13MWZは
「世界初のデザイナージーンズ」
と言われています

13MWZからロデオ・ベンがデザインをしたとされているのですが
ラングラージーンズが発売された1947年当初からロデオ・ベンに協力してもらっていたらしく
それが意外にも好評だったので
13MWZからロデオ・ベンを前面にアピールしはじめたと言われています

ブルー・ベル社は衣裳協力に積極的で
各地ロデオ大会のスポンサーになったりもしています

ラングラーの有名商品で
「12MJZ」
という赤色のジャケットがあるのですが
実はもともと商品ではなく
ロデオ大会の優勝者に贈っていたもので
それが評判になって商品化となったのでした

よく名前が入った赤いラングラーのジャケットを見るかもしれませんが
それはロデオ大会のチャンピオンの名前です

そんな努力もありラングラージーンズは
1975年から
全米プロ・ロデオ・カウボーイ協会公認のジーンズとなっています
ロデオ選手でラングラージーンズの愛用者も多いようです



ラングラーの歴史①





以前のお話で
世界三大ジーンズブランドについて少し触れましたが
その中の一つが「ラングラー」です
ラングラージーンズはリーバイス 、リーと比べると
最も異端と言えるのではないでしょうか

ラングラージーンズを販売するまでの過程も
3社の中で一番複雑ですし

ジーンズファンでもラングラーファンは
どちらかと言うと少数派で
語られることが少ないかもしれません

リーバイス リー とは一味違ったお話しになると思いますので
お楽しみいただければ幸いです

まず
ラングラージーンズを販売している会社は
「ブルーベル」
という会社です


このブルーベルという会社は
とてつもない大きな会社で
ワークウエアを販売する会社としては世界最大の会社であった
規模だけで言うと
リーもリーバイスよりも大きかったのです

ブルーベルの元々は
1904年にC・C・ハドソンという人が興した
「ハドソン・オーバーオール・カンパニー」
という会社が最初で
数多くのワークウエアメーカーを吸収合併することで巨大企業へと成長して
1943年に「ブルーベル」という会社になりました

当時、ワークウエアメーカーの合併は珍しいことではありませんでした
時代的に軍需が減少傾向のながれなどもあって
作業着メーカーは合併せずには存続が難しかった事情があります
多くのメーカーが合併していく流れの時期だったのです




有名な例を1つ挙げると
「ボスオブザロード」「キャントンバステム」というブランドを持っていた
「エロイサー・ハイネマン社」という会社があります
ヴィンテージファンなら聞いたことのある方も多いのではないでしょうか?
1946年にH・D・リー社はこのエロイサー・ハイネマン社を吸収合併しています

話を戻して
ラングラージーンズが登場したのが1947年なのですが
もともとラングラーという名称は
ブルーベル社が吸収合併していた「ケイシージョーンズ社」が持っていたもので
「ラングラー」の商標登録自体は1905年に行われていました

ブルーベルがジーンズの販売をするにあたって
ブランド名を考えている中
いくつかの候補があって「ラングラー」が採用されたのです

「ラングラー」とは「牧童」カウボーイの意味で
ラングラーの語源がドイツ語の「wrangen」(ランゲン・骨折り仕事)ということもあり
労働着であるジーンズ
カウボーイが履くジーンズ
というイメージにぴったりでした

都合の良い名称がたまたま余ってたとも捉えることができますね

そんなラングラーが1947年に出したジーンズが
ラングラージーンズ 11MWZ
というものです

まず触れておきたいのが
デニムのズボンのことを「ジーンズ」という商品名で出したのは
このラングラーが初めてでした
これまでの話でも当たり前のように「ジーンズ」と書いていましたが
それまではリーバイスの「ウエストオーバーオールズ」などと呼ばれており
ラングラージーンズの登場以降「ジーンズ」の名称が広まっていったとされています

次に「11MW」という品番ですが
「11ozのデニム生地を使用した メンズ・ウエスタン」の略称です

この名から分かるかもしれませんが
先に言ってしまうとリーバイスよりもカウボーイなどの馬に乗る人にターゲットを絞った商品でした
リーもそうでしたがラングラーはよりカウボーイ思考強めのジーンズを開発するのです




特徴を挙げていきましょう

まずシルエットは細めでした
リーバイスよりも細めなのはもちろん
リーバイスよりも細いリーよりも細いシルエットでした
ですが
ただ細いだけではなく股上を深く、尻のカーブを大きくカットした仕立てで
立った状態でも、馬の鞍(サドル)に跨っても腰回りに過不足なくフィットするようなシルエットです

当然リベットでの補強がされていますが
「スクラッチレス・リベット」(丸鋲)を使用することで
後ろポケットにもリベットがしっかりついているのに鞍などを傷つける心配は無い使用としました

コインポケットの位置がウエストバンドの真下にくっ付いた位置に縫い付けており
激しく馬に乗っている最中でも
中のものが飛び出ない工夫がされました

ベルトループの数が7本使用です
リーバイスでは前2本 左右2本 後ろ1本 の計5本で
5本であることが通常なのですが
後ろに2本追加された形の7本で
さらにしっかりとベルトでズボンがずれない使用になることで
激しく馬に乗った時の安定性の向上をはかりました

リーバイスやリーではウエストに付けられていたパッチは
後ろポケットの右側に取り付けられました
これはリーバイス、リーよりも後発ブランドのため、どこよりもブランド名のパッチを目立たせるための工夫でしょう
最初はパッチの素材を圧縮紙で販売しましたが、あまりにも破れるので、すぐにプラスチック製のパッチへと変更になります
パッチを革ではなくプラスチックにした理由は、乗馬の際に鞍の革とくっついてしまう恐れがあったからだと言われています

もう一つ面白いことに
最初は後ろポケットにリーバイス同様のアーキュエイトステッチが入っていました
1947年にはすでにリーバイスがアーキュエイトステッチを商標登録しているので
アーキュエイトステッチが入っていた明確な理由は不明ですが
翌年の1948年には
ラングラー(wrangler)の頭文字からとった「W」のステッチにすぐ変更になった

おそらくジーンズの後ろポケットにはアーキュエイトステッチを入れるのが当たり前のように思われていたのでしょう




今回は以上です
ブルーベルという会社
ラングラーというブランド
はじめて「ジーンズ」という呼び方を使い
11MWZという異端なジーンズを世に発表したお話しでした

次回も引き続きラングラーのお話しをします
凄いのは11MWZだけではありませんし
ラングラーの面白いお話はまだまだあります

お楽しみに